東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3694号 判決 1983年6月27日
原告 株式会社三井木材建材センター
右代表者代表取締役 郡司章
右訴訟代理人弁護士 高木右門
同 本島信
被告 永井卓治
右訴訟代理人弁護士 尾崎昭夫
同 大室俊三
右訴訟復代理人弁護士 竹内俊文
同 武藤進
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 被告の東京地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四三六号有体動産仮差押申請事件の仮差押決定の執行の目的物の返還並びにその代償金及び損害賠償についての申立を却下する。
三 訴訟費用中、前項の申立によって生じた費用は被告の負担とし、その余の費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、訴外東木材株式会社に対する東京地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四三六号有体動産仮差押申請事件の執行力ある仮差押決定の正本に基づき昭和五三年一月二七日別紙物件目録記載の物件についてした強制執行は許さない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 民事訴訟法一九八条二項の準用に基づく裁判を求める申立
1(一) 原告は被告に対し、別紙物件目録記載の物件を返還せよ。
(二) 右返還ができないときは、原告は被告に対し、金二三九四万九二四六円及びこれに対する昭和五四年五月八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 原告は被告に対し、金二二二万三一五〇円及びこれに対する昭和五七年一一月一六日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (仮差押命令に基づく執行の存在)
被告は、訴外東木材株式会社(以下「訴外会社」という)に対する東京地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四三六号有体動産仮差押申請事件の執行力ある仮差押決定の正本に基づき、同年一月二七日別紙目録記載の物件について強制執行をした。
2 (原告の占有権)
別紙目録記載の物件は、訴外会社により東京都江東区新砂二丁目五番一四号所在の原告の会社構内(以下「構内」という)に搬入され、原告の監守管理下に置かれ、その直接占有にかかる物件である。
3 (原告の所有権)
(一) 原告・訴外会社間の譲渡担保契約
原告は、訴外会社の専務取締役である今岡寛二との間で、昭和五二年二月一五日左記のとおり譲渡担保契約を締結した。
記
(1) 担保目的物
訴外会社により順次構内に搬入され、現に構内に存する訴外会社所有の一切の木材
(2) 被担保債権
原告と訴外会社との間の市売問屋取引、金銭消費貸借取引、手形小切手取引、その他あらゆる商取引に基づき生ずる一切の債権
(3) 譲渡担保権の実行方法
訴外会社において手形、小切手の不渡を生じ又は原告に対する債務不履行があった場合には、訴外会社は原告に対する一切の債務につき期限の利益を失ない、かつ原告は担保目的物の所有権を確定的に取得し、これを相当価格で他に処分しあるいはそのときにおける適正な評価額をもって、被担保債権の弁済に充当することができる。
(二) 原告の訴外会社に対する債権
原告は訴外会社に対し、昭和五二年一二月三〇日、市売問屋取引契約及び買方特定取引契約に基づき次のとおり合計金一億六四二二万六〇六六円の債権を有していた。
(1) 貸付金 合計 五三〇〇万円
原告は訴外会社に対し、
昭和五二年一〇月一五日 金二五〇〇万円
同月二九日 金一五〇〇万円
同年一一月三〇日 金六〇〇万円
同年一二月六日 金一〇〇〇万円
をそれぞれ貸し渡し、内金三〇〇万円の弁済を受けたので、右弁済額を控除した残債権。
(2) 事故損害金 合計 金七九二九万三三六〇円
原告と訴外会社とは、昭和四五年三月一日市売問屋契約を締結し、原告が構内で開催する市日に訴外会社が買方に対して木材を売却した場合には原告と右買方との間に右木材の売買契約が成立し原告が売買代金債権を取得することとし、その代わり原告は、訴外会社に対し、市日の翌日に訴外会社からの売買報告に基づき、右売買代金債権額の九七・八パーセント相当額を支払う旨約した。右約旨に基づき、原告は訴外会社に対し金員を支払ったが、原告が取得した売買代金債権の内金七九二九万三三六〇円について、訴外会社の報告にかかる売買契約の不存在、数量違い、単価訂正等右報告と齟齬があり、買方に売買代金支払義務のないことが判明し、原告は、右同額の損害を蒙った。
(3) 売掛金 合計 金三一二一万八四二九円
原告と訴外会社とは、昭和五一年三月九日買方特定取引契約を締結し、原告が構内で開催する市日において訴外会社が、他の市売問屋の木材を競り落すか、附売問屋との間で木材購入の商談を成立させた場合には原告と訴外会社との間に売買契約が成立し、原告が売買代金債権を取得することを約した。
訴外会社が、昭和五二年九月六日から同年一二月二六日までの間に市売問屋から競り落し又は附売問屋との間で商談を成立させ、原告が取得した木材の売買代金残金は合計金三一二一万八四二九円である。
(四) 立替金 合計 金四二万一六九一円
原告は、訴外会社が利用したタクシー料金及びコンピューター使用料金合計金四二万一六九一円を立替えて支払った。
(三) 譲渡担保権の実行
訴外会社は、昭和五二年一二月三〇日、二回目の約束手形の不渡事故を起こしたので、原告は、右同日前記譲渡担保契約に基づき、訴外会社が構内に搬入し、現に構内に存在した別紙目録記載の物件につき、その所有権を確定的に取得し、その旨公示した。
4 よって、原告は別紙目録記載の物件の所有権又は占有権に基づき、本件仮差押決定に基づく強制執行の排除を求める。
5 なお、原告は、本訴提起と同時に本件仮差押決定に基づく強制執行の取消しの仮の処分を東京地方裁判所に申請し(同庁昭和五三年(モ)第五八三三号事件)、昭和五三年五月二三日保証を立てることを条件にこの申請を認容する決定を受け、右の執行処分は、同月二四日右取消決定に基づき取消されたので、原告は、同日から昭和五四年五月八日までの間に、原告が開催する市日において、別紙目録記載の物件のすべてを市場価格をもって順次売却したうえ、買主に対する引渡を了し、合計金二三九四万九二四六円の売得金を取得した。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、別紙目録記載の物件が、訴外会社により、原告の構内に搬入されたことは認め、その余の事実は否認する。
3 同3の(一)の事実は認める。
同3の(二)の(1)ないし(4)の事実は知らない。
同3の(三)の事実中訴外会社が昭和五二年一二月一〇日、二回目の約束手形の不渡事故を起こしたことは認め、その余の事実は否認する。
4 同5の事実中、原告が別紙目録記載の物件につきその買主に対する引渡を了した事実をのぞき認める。右除外事実は争う。
三 抗弁並びに民事訴訟法一九八条二、三項の準用に基づく裁判を求める申立の理由
1 (無権代表による無効)
原告は、訴外会社専務取締役今岡寛二に代表権のないことを知りながら本件譲渡担保契約を締結した。
2 (公序良俗違反による無効)
本件譲渡担保契約は、原告が訴外会社に対して取得したすべての債権を、訴外会社が原告の構内に搬入した全商品をもって担保するという、いわば集合動産に対する包括根譲渡担保契約であるところ、木材市場を左右しうるほどの強大な企業である原告が、零細な材木問屋である訴外会社に対し、右のごとき苛酷な内容の譲渡担保契約の締結を強制したもので、しかも、原告は、訴外会社が原告の構内に搬入する木材の中には出荷者である山元が所有権をとどめたまま訴外会社にその販売を委託した委託販売物件が混在することを知りながら、これをも担保目的物とする(仮に、これを除外するものであるとすれば、後記3の(二)の(2)のとおり、担保目的物の特定性を欠くことになる)ものであるから、本件譲渡担保契約は、公序良俗に反し無効である。
3 (集合動産に対する譲渡担保契約の成立要件の欠如)
(一) 集合動産としての同一性ないし継続性の欠如
集合動産に対する譲渡担保にあっては、担保目的物に変動があることは許されるものの、この場合譲渡担保契約締結時点に存在した集合動産と同一性ないし継続性を保った変動であることを要する。ところが、本件譲渡担保契約における担保目的物たる木材は、原則として市日に即日完売され、しかも訴外会社が逐次原告の構内に搬入する木材はその搬入量、種類、品質とも変化するので、集合動産としての同一性ないし継続性を保って変動するものではない。
(二) 担保目的物の特定性の欠如
(1) 場所的特定性の欠如
訴外会社を含む市売問屋は、広大な原告の構内の多数の「浜」(有蓋又は無蓋の木材置場をいう)の中で、原告から割り当てられた「浜」に、それぞれその商品である木材を搬入するのであるが、右「浜」の割当ては、二、三ヵ月に一度は変更され浜割表によらなければどの市売問屋がどの「浜」を割り当てられているか判らないこと、「寝せ浜」、「野積浜」と呼称される屋外の「浜」は多数の市売問屋の木材が混在して置かれていることなどから、本件譲渡担保契約においては、その目的物の場所的特定性が欠ける。
(2) 委託販売物件との混在
訴外会社が、原告の構内に搬入する木材には、訴外会社が出荷者である山元から買い取りその所有権を取得した木材と前記委託販売物件とが混在するところ、本件譲渡担保契約が、この内訴外会社が所有権を有する木材のみをその目的物とするのであれば、右両者の区別は不可能である。
(3) 種類、品質、規格、量の不特定
本件譲渡担保契約においては、担保目的物たる木材の種類、品質、規格、量の特定が皆無である。
4 被担保債権及びその範囲の不特定による無効
本件譲渡担保契約は、被担保債権及びその範囲の不特定な、いわゆる包括根譲渡担保契約で、包括根抵当設定契約を禁ずる民法三九八条ノ二の規定の趣旨に照らし無効であるといわねばならず、少なくとも根担保権において不可欠の要件というべき債権極度額及び元本確定期日の約定がない以上無効たるを免れない。
5 (民事訴訟法一九八条二、三項の準用に基づく裁判を求める申立の理由)
なお、以上主張してきたところから本件譲渡担保契約は無効であることは明らかであって、原告の本件請求は理由がなく棄却されるべきところ、右棄却の本案判決(仮に訴訟判決がなされるとしても、実体的にも原告の請求は理由がないこと)により、請求原因5記載の本件仮差押決定の執行処分の取消決定(仮の処分)も不適法としてその効力を失なうことになる。かかる場合にあっては、仮差押の目的物の所有者又は仮差押債権者は、民事訴訟法一九八条二、三項の規定の準用によって仮差押目的物の返還又はその返還不能による代償金請求及び執行処分の取消によって生じた損害の賠償を請求することができるものというべきである。そこで、被告は原告に対し、民事訴訟法一九八条二、三項を準用して、
(一) 被告の訴外会社に対する本件仮差押債権に基づき、訴外会社に代位して別紙目録記載の物件の返還を、仮に右返還が不能な場合には、右返還に代えて別紙目録記載の物件の価格相当額金二三九四万九二四六円の代償及びこれに対する昭和五四年五月八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、
(二) 右執行処分の取消により、被告が受けた別紙損害賠償請求権内訳記載の損害合計金二二二万三一五〇円の賠償及びこれに対する昭和五七年一一月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1、2の事実は否認する。
2 抗弁3の(一)、(二)の(1)ないし(3)の主張及び同4の主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 原告が本訴において排除を求める別紙目録記載の物件に対する東京地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四三六号有体動産仮差押申請事件の執行力ある仮差押決定正本に基づく強制執行が本訴提起に伴う仮の処分(民事執行法附則三条の規定による改正前の民事訴訟法五四九条、五四七条二項)によって取消され(当庁昭和五三年(モ)第五八三三号)、この取消決定に基づき右の執行処分は、昭和五三年五月二四日現実にも取消されるにいたったため、原告は、同日から昭和五四年五月八日までの間に、原告が開催する市日において、別紙目録記載の物件のすべてを代金合計金二三九四万九二四六円をもって売却したことは当事者間に争いがない(なお、前記の仮差押の強制執行の取消決定がなされたことは、本件記録上も明らかである。)。また、原告が右のとおり売却した別紙目録記載の物件のすべてにつき、その買主に対する引渡を了したことは、原告の自陳するところである。
二 ところで、右のように第三者異議の訴によって排除が求められている強制執行が取消されるにいたった場合にあっても、その取消が訴提起に伴う仮の処分としてなされた場合においては、性質上その取消によって、本訴の訴の利益が失われることにならないのは当然である。しかし前項における事実関係によれば、本件にあっては原告が本訴の請求の原因として主張するように別紙目録記載の物件につき原告に所有権又は占有権があったとしても、これらの物件に対する原告の所有権又は占有権は、すでに後発的な前記の売却及びこれにつぐ引渡によって、そのすべてが消滅に帰したものと認定せざるを得ないのである。
三 そうして見ると、原告の本訴請求は、すでにその他の争点について判断するまでもなく理由がないことになるから、これを失当として棄却すべきものである。
四 被告は、民事訴訟法一九八条二、三項の規定が本件の場合に準用されるべきことを理由として、前記仮差押の強制執行の目的物たる別紙目録記載の物件の返還又はその返還不能による代償金及び前記取消決定によって被告に生じた損害の賠償を請求するのであるが、右の各規定が本件の場合に準用し得るとする根拠は全く見当らないのであって、この申立は、すでにそれ自体を不適法として却下するほかない。
五 よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原島克明 裁判官 岡部崇明 裁判官綿引万里子は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 原島克己)
<以下省略>